ウェイに連れて来られたのは質素なテーブルとモニターがある、カビ臭い小さな部屋だった。一礼して椅子に腰かけ、大きな体の男を見上げる。
「もう大丈夫なのか、ルシア」
「はい」
「そうか、無理はするなよ」
短いやり取りでルシアを気遣ったその男こそ、ルシアがここに来てスパイとして訓練する切っ掛けを与えたレオニスである。他の訓練生とは違いスーツの様な、気高ささえ感じる軍服を着ている。恐らくは二十歳かそこらなのだろうが、正式にここミファエル共和国の軍に所属しているようだ。
ルシアの母星、故郷であるヘルデ。その星はミファエル共和国と激しい戦争状態にある隣国、オーク王国によって侵略され、人の命も、資源も奪われた。忘れもしない二ヶ月前、ルシアも侵略の被害に遭い両親は殺され、自身も星流し―――単独ポッドに乗せられ宛てもなく宇宙を彷徨う刑―――を不運ながらも経験中、レオニスに助けられた。あの時レオニスが見つけてくれなかったら、きっと今頃は宇宙の真ん中で気を狂わせていたに違いない。
オーク王国への復讐と言う条件でミファエル共和国にやってきたのが約一ヶ月前。そこからひたすらにスパイとしての教育を受けてきたルシアに、レオニスは一体何の用があるのか。
どうやらここに連れてきたウェイも用件は知らされていないのか、カーラと共に椅子に座り、同じ様にレオニスを見上げている。
「すまんな、大事な話があったんだが…その、もう少し待ってくれ。もうすぐ来るはずなんだ」
間を嫌うようにレオニスが口を開くが、歯切れが悪い。もうすぐ来るとは一体…
「誰のことだ?」
「誰のことよ?」
ルシアを挟むように座っていたウェイとカーラも気になったのか、同時に聞く。そういえばここの椅子にはもう一つ空きがある。予め人数に合わせてあったらしい。
レオニスに対して上下関係を意識しない会話ができるウェイとカーラの三人の関係性も、これから来るというもう一人のことも気になる。とにかくルシアはきょろきょろする。それ以外どうしていたらいいか分からないし。
「来たようだな」
誰が来るんだという二人の質問に答えようとした時、外の通路から気配を感じたのかレオニスが視線を向ける。開くドア。
「遅れました隊長!ラスク、現時刻を持って特別隊に編入いたします!ってことでよろしく!」
大きな目が印象的なラスクと名乗るその少年は、大袈裟に敬礼をした後にふふっと笑って見せた。
ぱっと見ルシアよりも幼い印象を受けるが、その声には強い意志が確かに存在しており年齢が上にも見える。幼さと大人の一面を併せ持つ不思議なオーラが漂っていた。
「特別隊ってどういうこと、レオニス?」
未だに状況が把握できず顔面に"?"マークを浮かべていたウェイを押しのけ、カーラが質問を投げかける。レオニスは手元の資料を確認しながら説明を始めた。
「ウェイとカーラ、ラスクは実戦経験もある、もう養成の必要性はあまり高くなく、形だけのカリキュラムよりも現場で慣れた方が効率がいいだろう。一種の実験でもあるが、いち早く戦力になる人材を育成したいというのが上の本音らしい。頼りないかもしれないが俺を隊長として、この5人で今回オーク王国を潰す為の特別隊を新たに編成することになったんだ。ルシア、一応自己紹介をしておけ」
目線で促されるが、ルシアは意味が分からない。
特別隊?現場で慣れ?カリキュラムは必要ない?
オーク王国への復讐を目的としてこの地にやってきたルシアだが、まだ剣も満足に扱えず、どうして特別隊なんてものに自分が編入されたのかその経緯が納得できていないのだ。実戦だなんて想像もつかない。殺し合いの現場にいきなり投げ出されるんじゃないかと、恐怖さえ覚える。
僅かな沈黙を察したのか、ラスクが手を差し伸べ握手を求めてきた。とりあえず握手に応えるルシア。まだ腕が少し痛むがだいぶ楽になっている。握り返したその手はどこかで触れたような感覚があった。
「俺はラスク、資料で読ませてもらったけど君と同い年だよ、ルシア。よろしく!」
彼は腕の痛みを分かっているかのように、静かに上下に手を振っただけだった。お構い無しに激しいシェイクハンドをしてきたウェイとはえらい違いだ。
「そうだな、先に俺達から自己紹介をしておくのが筋だ。改めて、ミファエル共和国軍のレオニス。まだ隊長なんて呼ばれ方も慣れてはいないし手探りの部分も多いが、仲間として頼むぞルシア。お前の決意を見せてくれ」
ルシアの肩をぽんと叩き、高い背丈を少し屈めて目を見つめてくるレオニス。この時ルシアは星流しの刑の時に二人の間で取り決めた約束…オーク王国への復讐の為にならなんでもするという言葉を無意識に反芻した。
「そっち赤い髪の男はウェイ、あらゆる武器に対しての飲み込みが早く大体が扱える器用な奴だ。武器調達もこれからウェイの仕事になるぞ?お調子者だがバカじゃない」
そう紹介され、アクビをしながらおどけて見せるウェイ。遠回しに褒められたことによる照れ隠しでもあるんだろう。
「医務室でルシアを看病してくれていたのがカーラだ。スニーキングが上手くてな、監視や偵察は主に彼女の仕事になるだろう。何かルシアが困ったら助けてやってくれ」
よーく見るとほんの少しだけ口元を緩めて会釈をするカーラ。どうやら完全に無表情ではないらしい。ウェイに怒ってる顔も医務室で見れたし。
「ラスクはこの明るい性格でターゲットに近付いてもらう事が多くなると思う。もちろん各自オールラウンドにこなしてもらえるようになってもらわないと困るんだが、ルシアは特に3人のいいところを盗んで早く上達してもらわないとな。まぁこんな感じだ」
急に実戦チームとして組むことになった人の簡単な自己紹介を受け、さあ次は君の番だぞと言わんばかりの視線がルシアに注がれる。
「えと…ルシア、です…ヘルデ出身で…まだここには慣れてなくて…僕は…」
何を話していいか頭の中で組み立てていなかったし、今すぐオーク王国との戦争に駆り出されるんじゃないかと考えるとやはり怖い。戦争、戦場、殺し合い、オーク王国…脳裏で回転していたそれらのワードが繋がり、気が付いた頃には自然と口から零れていった。傷みが消えかけていた両手をぎゅっと握り、淡々と、穏やかな気持ちのまま。
「僕は…オーク王国に復習がしたい。その為に強くなりたい」
再び瞳に強い意志を灯すルシアを見て息を飲むウェイとカーラ。ラスクとレオニスは頼りがいを感じてか小さく力強く頷いてみせた。