砕けた雰囲気の中改めて自己紹介のような話題になり、スパイとしての心得、訓練での思い出、戦争が終わった後の夢等を話題にして、長らく口にしてなかった暖かい料理を5人で囲みながら明るい時間を過ごしたルシア。
その中で引っかかったな事と言えば、全員過去については殆ど語らないこと。どうしてここで、年齢も自分と差ほど変わらない彼らがスパイとしてオーク王国を憎んでいるのか、戦争に関わっているのか、聞いてはいけない空気が漂っていたこと。ルシア自身も聞かれていい気分ではない内容なので、敢えて質問しようとはしない。自分と同じか、あるいはそれ以上の憎しみをオーク王国に抱いている人間だからこそ、今こうして同じチームとして食事をしている事実だけで団結力を感じられる。
食後、自然な流れで入浴も一緒にすることになり躊躇したルシアだったが、戦場では大して珍しい事じゃないとレオニスに諭され共に楽しんだり(当然カーラだけは別で、ウェイが覗こうとしたところを迎撃されていた)、レオニスの部屋で寝袋を広げ眠るスペースを確保する時、寝相の話で誰がどこかと揉めてみたり(ウェイがカーラの横を陣取ろうとして蹴っ飛ばされていた)、あまり経験した事のない体験がルシアには面白かった。
レオニスは真っ直ぐな姿勢、カーラはナイフを軽く抱くように、ウェイは大の字、ラスクは腕を枕にして横を向きながら。みんなが寝息を立て始めた頃、ルシアは自室から持ってきたロケットを開いてふと眺める。
この部屋に今いる4人と過ごした事でフラッシュバックした、もう二度と戻ってくることのない両親との時間、その幸せな思い出が嗚咽と混じって込み上げてきそうになるのを、必死に堪える。
「寝れないか?」
寝ていたのか眠りに落ちる直前だったのか、隣のラスクが声をかける。
「飯も風呂も、今みたいに同じ場所で寝るのも、戦場だと当たり前みたいにみんなで過ごす事になるから慣れとけよ?ここが森でも同じような事になるからさ」
「そうなんだ。楽しいね」
上擦った声だとバレないよう、短く答える。部屋は暗いから目頭に水が溜まってるのは見えないだろう。ロケットを持ち上げていたても静かに体の横に下ろす。強くなると宣言しておきながら写真を見て泣いてるなんて恥ずかしいし、同い年のラスク相手なら尚更だ。子供っぽい一面を見せたくなかった。
「…それさ、両親の写真?」
「見えるの!?」
自分が想定してた以上にラスクの目には自分が映ってたのか?それどころか、ロケットの中に入ってる小さな写真まで暗い部屋の中で見えてるのか?だとしたら夜目が利くなんてレベルじゃない!泣いてるのだってバレてるのか?単純に驚くルシア。
「うっすらだけど。それとルシアがここに配属されるって話になった時、資料もちょっと見せてもらったからさ。オークに二人とも殺されたんでしょ?」
「……」
食事の時には何も話さなかったくせに、自分の過去は調べられてることが何か気に食わなかった。ズルい手で心の中を勝手に見られたような、自分だけ抜け者にされて晒し者にされているような不快感。それらが邪魔をして素直に肯定ができずちょっと黙る。
「…俺もさ、オーク王国に妹を殺されてるんだ。半年前、たった一人の家族だった妹を」
明るい調子のラスクのトーンが露骨に下がる。でも嫌々喋ってるような様子も無く、嘘にも思えない。
「妹…?」
「そう、カレンって言うんだ、俺の二つ下でさ、お兄ちゃんお兄ちゃんって何処行くにもついてきて、すげぇ可愛かったんだぜ?俺もカレンも孤児で血は繋がってなかったけど、小さい頃から一緒だった妹なんだ。これはレオニスしか知らないんだけどさ」
「孤児…どうしてラスクの妹はオークに…?」
単純に投げかけた疑問に、ラスクの表情が曇るのが分かった。暗いのに、見えた気がした。
「戦争だから、なんだってさ」
「戦争だから…?」
「どうして俺の国がオーク王国と戦争になったのかは詳しく知らないけど、戦争になったら誰が殺されてもおかしくないんだって。そうレオニスは言ってた」
身に覚えがなくても、煙に包まれ火に焙られ、殴られ蹴られ切られ刺され、殺されて。その理不尽な理屈が通るのが戦争なんだとラスクの口から聞かされる。両親の最後を脳裏に浮かべながら、ルシアは真面目に聞き続ける。
次第にラスクとカレンの話にシフトしていき、ルシアも両親との楽しかった日々を鮮明に思い出しながら、一生懸命にラスクに伝える。こんな会話で笑って、こんなことがあって、何を食べて何処に行って、忘れていたような事まで次々と言葉として溢れ出て、涙まで一緒に溢れ出てきて。
もう二度と戻ってくることのない両親との時間。戦争という、たった一つのくだらない単語で許されてしまう殺し合いに巻き込まれた、大事な両親との時間。正面にラスクが居ても、部屋で寝ている他の三人が居ても、堪えられなくなった涙をぽたぽた落として泣きじゃくる。
「気合だけじゃ強くなれないからな」
少しばかり泣いているルシアを静観していたラスクが放ったその言葉には聞き覚えがあった。
「…あの時僕を…運んでくれたのはもしかして君…?」
「俺もこっちに来たばっかりの時はさ、ルシアみたいに我武者羅に剣を振って腕痛めたりしたんだ。なにがなんでも強くなってオーク王国に復讐するんだって…カレンの敵をとってやるんだって熱くなっててさ。だからなんか見てらんなくて」
そこから更に話し込んで、この特別隊にルシアの入隊を案として提出したのがラスクだったというのも聞く。立場の共感と意志の共有、ミファエル共和国にルシアを連れてきたのが特別隊の隊長となるレオニスだったこともあり、実戦経験のある4人の中にルシアが組み込まれたらしい。
既に泣き止み落ち着いて情報を整理していたルシアは、静かにラスクに言う。
「ありがとう」
過去を話してくれたこと、必死になっていた自分を特別隊に入れてくれたこと、医務室に運んでくれたこと、いっぱいの意味が詰まったありがとう。
言った方よりも言われた方が恥ずかしかったのか、ラスクは反対側を向いて再び横になった。
「二週間後にはサンクストンの要人暗殺があるんだ、チームなんだからヘマしないでくれよルシア。信用してるから話したんだからさ」
「うん、分かった。頑張る」
もう一度ロケットの写真を眺め、決意新たに大きな呼吸を一つ吐いて寝袋に口元を埋める。聞こえてくる寝息に合わせて自分も夢の一歩手前に立った時、聞こえてきたラスクの言葉に脳を起こして反応する事が出来なかった。
「俺はカレンを殺したオーク王国を許さない。何があってもさ。それは両親を殺されたお前も同じだろ、ルシア」